『立法者・性・文明』著者解題

 2023年10月1日(日)、拙著『立法者・性・文明――境界の法哲学』(白水社)が発売になりました。まずは目次を掲載しておきます。

はしがき
第Ⅰ部 法と政治のあわい
 第1章 立法者の人間学
 第2章 党派性と公共性
 第3章 ミル・代議制・中国
 補章    面白うて、やがて神聖なる喜劇

第Ⅱ部 性の越境
 第4章 ジェンダー/セクシュアリティと公共性
 第5章 性同一性障害特例法の立法過程
 第6章 宴のあとに――立法所感

第Ⅲ部 文明のボーダー
 第7章 郊外の多文化主義
 第8章 ミートボールと立憲主義
 第9章 モスク幻像、あるいは世界史的想像力
 補章    軽やかな「移動」と重厚すぎる「越境」

第Ⅳ部 フィクションへの臨界
 第10章 立ち尽くすノモス
 第11章 フィロソフィア・アポカリプシス
 第12章 疫禍と字典
 第13章 「思考の距離戦略」としてのゾンビ
 
あとがきに代えて ベルグソンの薔薇

 この本は、今から二〇年前、偶然の縁で所謂「性同一性障害特例法」の立法運動に関与したところから始まる私自身のこれまでの研究の軌跡をひとつのまとまりをつけて描き出したものです。

 従って、時系列的な出発点は本書の第Ⅱ部からということになりますが、上記の立法運動への関与から胚胎した立法そのもの(立法学など)に関する抽象度の高い話(第Ⅰ部)から話を始め、後段にゆくほど具体性(現実性)が濃くなるような構成となっています。

 第Ⅲ部の移民・難民に関する話は2015年の欧州難民危機以降に急激に前景化された事柄ではありますが、これがなぜ第Ⅰ部・Ⅱ部の話と繋がるのかは、実際に読んでもらえればお分かり頂けると思います。

 第Ⅳ部は、上記のような研究のメイン(主道)とは別に、ある種の気分転換的に行っていたものが、いつしか本当に研究としての意味を持つようになっていった「ゾンビ」の話などを中心とした私の研究の「杣道」パートです。

 

 本書の特長を思いつくままに列挙すると以下のようなものになろうかと思います。

 

● 性同一性障害特例法(2003)の立法運動をめぐる諸事象の完全な整理と分析
● ジェンダー/セクシュアリティの問題について考える際の法的・哲学的基礎の呈示
● 立法(過程)そのものについて考える上での「立法学」的な基礎工事
● 立法過程における「公共性」とは何なのかという問題の解明
● 移民/難民問題における「多文化主義の限界」
●「ナショナリズム」について真剣に考え、それに向き合う必要性について
● ジェンダー/セクシュアリティと移民/難民の間の「悩ましさ」あるいはアポリア
● 「ゾンビ」という文化的表象を通じて露わになる諸事象

 

 また、本を刊行してから自分でも改めて気付いたこととして、一面において本書は、現今のポリコレやキャンセルカルチャーなどの嘆かわしくも厭わしい動き・状況に対抗し、それらと戦うための理論的な武器庫を提供し得る本でもあると思いました。

 私自身、ここ数年は「スナック」や「夜の街」を研究する人間として世間に知られて来ていたので、上記のようなお堅い研究の話と夜の話とが、どのように繋がっているのかと訝しむ向きもあろうかと思いますが、半年前(2023年4月)に刊行した拙著『日本の水商売――法哲学者、夜の街を歩く』(PHP研究所)の底流に潜んでいた思想的基盤が実のところ、どのようなものだったのか--本書ではその一端が初めて開示されたのではないかと思います。

 なお、本書は三島由紀夫の『豊饒の海』第2巻「奔馬」の話から始まり、アンリ・ベルグソンの『意識に直接与えられたものについての試論』の一節で終わります。

 

 

 お手に取って頂ければ幸いです。