希少な資源としての権力の育て方--砂原庸介『民主主義の条件』

 

民主主義の条件

民主主義の条件

 

  巷では第18回統一地方選挙が繰り広げられているが、本日、折よく砂原庸介『民主主義の条件』(東洋経済)を読了した。とても読みやすい本だが、だからこそ著者の苦心が偲ばれ、また自分が書く際の参考にもなった。

 ひと言で本書の肝は何か?と聞かれたら、多分それは「多数派のつくり方」であって、そこでは「政党」が重要な役割を果たすことになる。もっと言うと、これは「選挙(制度)」に関する、じつに簡にして要を得た本で、これまで出ている選挙関係の一般向け書籍の中では、簡明さと精確さを兼ね備えた点で、群を抜いている。

 法学部で学んでいる人は「選挙」とか「政党」と聞くと「一票の格差」とか「八幡製鉄事件」とかを個別バラバラに想起するだろうが、この本を読めば、それら全てがどのように有機的に連関しているのかを知ることが出来る。

 以前、ある研究会で聞いた「権力の過剰と希少」という話があった。法学者は国法の頂点たる憲法自体が権力制限規範であることからも明らかなように、いかにして過剰になりがちな権力を制限するかに注目するが、これに対して政治学者は権力はむしろ希少で、いかにしてそれを育むかに関心を持つ、というものである。

 本書はこの点、希少な資源としての権力(多数派形成、政党など)の育成を選挙という制度知の観点からじっくりと分かりやすく考察するもので、上記の意味での政治学の「王道」を行く。

 以下、個別の論点になるが、中選挙区制の問題点の話は大変面白かった。1994年に廃止されるまで日本の衆院選は中選挙区制だったのだが、わたしは家族の関係で(政治家ではない)子どもの頃から選挙が身近だったため、あの中選挙区制下でのタコ殴りみたいな血みどろの選挙がすり込まれており、その点、中選挙区制へのやみがたいノスタルジーがあったのだが、今回この本を読んで、憑き物が落ちたような気もした。

 話が少し脱線するが、わたしの郷里は大分県別府市で、この準農村選挙区における選挙の生々しい実態については、ジェラルド・カーチス『代議士の誕生』を読めば、よく分かる。この本については以前このブログでも触れたが、名著なので、中選挙区制をもはや歴史としてしか知らない今の学生も、この本を読めば、55年体制下(中選挙区制下)での選挙が、どういうものだったのか、良く分かると思う。 

ジェラルド・カーティス 『代議士の誕生』 - 法哲学/研究教育余録

日経BPクラシックス 代議士の誕生

日経BPクラシックス 代議士の誕生

 

  中選挙区制の章では、「世田谷区」(区議会選挙)が取り上げられていたが、長らく世田谷に暮らしたわたしにとって、「他の候補との違いを強調する」、「選択肢が多すぎると、まともに選ぶことが出来なくなる。」、「ごく一部の支持によって当選出来るとなると、どれだけひどい議員であっても、「選挙で落選させる」という脅しが効きにくくなります。」[33-34]といった辺りの記述は、そうそうと苦笑せざるを得なかった。都議もそうなんだけど、本当に信じられないくらいどうしようもない議員(候補者)でも、落ちないんだな、コレが。

 あと、本当にどうでもイイ話だが、政党内デモクラシーに関する章で取り上げられた往時の自民党総裁選に関する下りで「サントリー、ニッカ、オールドパー[107]」という懐かしい話が出て来るのだが、当時はまだ日本オールドパーっていう会社があったよね、と思いだした。その後、五反田に本社を置く United Distillers Japan が扱ったんだけど、この会社も今はもう無い。この辺りについては、どうでもイイ話だが、以下。

「スコッチ親善大使」回想記 - 法哲学/研究教育余録

 細かいネタだが、「架空転入」の話[169]は面白かった。Fukumoto and Horiuchi, 2011, Making Outsiders’ Votes Count: Detecting Electoral Fraud Through a Natural Experiment。あとで読んでみよ。

Making Outsiders’ Votes Count: Detecting Electoral Fraud Through a Natural Experiment by Kentaro Fukumoto, Yusaku Horiuchi :: SSRN

 

 本書の結論は実に明確で、以下の通り。

1.まずは地方議会の選挙制度改革。
2.第三者機関による選挙制度改革の提案
3.非拘束名簿式比例代表制が現実的

 

 余談だが、ちょうど選挙中(東京は未だ公示されていないが)ということもあり、公職選挙法については、どうなんだろう?とも、少し思った。

 

 最後になるが、本書は明確に自らの立場を打ち出しており、もって議論喚起もしていて、とても好感を持った。--冒頭にも書いた通り、統一地方選の今こそ読むべき本だろう。少なからぬわたしの友人たちも今回の選挙に挑んでいるが、今週末の12日(日)、若しくは26日(日)が投票日である。定価1600円+税くらいなんで、学生はみんな買うとイイと思う、あと立候補してるひとも。

 

 追記--twitter(鍵垢)の方から面白いレスポンスを頂いたので以下、転載しておく。

 

 国際政治は「権力を上手く育てたい」(国際組織や地域統合)一方で、「権力を特定国に集中させたくない」(勢力均衡や集団安保)と、ねじれているなぁと感じました。国際政治学の異形さが浮き彫りにされたというか……笑

 国際組織シンパの人は、組織の権力が過剰になることに楽観的なんじゃないかと疑問を持っていましたが、それが「政治学的」特徴とは思いませんでした。ありがとうございました。