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ライシテをめぐる闘争史--谷川稔『十字架と三色旗』

 シャルリー・ヘブド事件に接し、久しぶりに「ライシテlaïcité」について勉強し直そうと思い、谷川稔『十字架と三色旗』山川出版(1997年刊)を読了。以下、備忘のメモ。 念のためだが、ライシテというのは、フランス語で「世俗性」とか訳されるもので、政教分離のことを指すと考えて貰えば良いか、と。語義の詳細は、伊達聖伸『ライシテ、道徳、宗教学―もうひとつの19世紀フランス宗教史』が大変、参考になる。

十字架と三色旗―もうひとつの近代フランス (歴史のフロンティア)

十字架と三色旗―もうひとつの近代フランス (歴史のフロンティア)

 

  

ライシテ、道徳、宗教学―もうひとつの19世紀フランス宗教史

ライシテ、道徳、宗教学―もうひとつの19世紀フランス宗教史

 

  谷川稔の本は、昔、『フランス社会運動史―アソシアシオンとサンディカリスム』を読んだことがあるが、これも面白かった。ライシテ関係の日本語(訳)の本は色々あって、この機会に5~6冊合わせ読んでみたが、この本が最も簡にして要を得ていると思う。

 『十字架と三色旗』は、以前、フランス史研究者の長野壮一さんに教えて頂いた(と記憶している)。長野さんは、偶然、高校の後輩にあたる方で、以下のサイトなどをやられており、勉強になる。現在、渡仏中で、先のシャルリー・ヘブド事件の際、色々じかに体験された話も書かれている。

 近代フランス社会思想史ブログ
 http://snagano724.hatenablog.com/

 本書の副題は「もうひとつの近代フランス」で、全体のモチーフは革命期以降のフランスにおける共和派(革命派)とカトリック教会との抗争の歴史。国家の世俗性(ライシテ)をめぐる、教権主義(クレカリスム/cléricalism)vs. 反教権主義の対立。

 冒頭、「首なし聖人像」の話から始まる。イコノクラスム(偶像破壊)による非キリスト教化運動の傷跡。ジャコバン派の衣鉢を継ぐ諸潮流への教会の敵意は、長らく持続。

 1984年 公教育の一元化をめざしたサヴァリ法カトリックからの激しい抗議運動で廃案。なぜなら、私学はほぼカソリック。当時の社会党モーロワ政権、崩壊。100万人を超える規模のデモ。

 1994年、保守バラデュール政権下で、私学助成制限撤廃を盛り込んだバイルー法。革新系(共和国派)のデモで廃案。谷川の体験談。やはり100万人規模のデモ。ライシテを守れ!

 習俗革命。ガリカニズムの刷新。教会財産の国有化と修道院の統廃合。聖職者の公務員化。踏み絵としての「公民宣誓」。「宣誓拒否する坊主どもは街頭に吊せ!」

 「立憲教会」体制の成立。従来、教区共同体の要としてモラル・ヘゲモニーを掌握してきた司祭が、この踏み絵に屈服する姿は教区住民の少なからぬ動揺をきたした。

 宣誓に反対する地域も。ブルターニュ。宣誓した聖職者を「無資格僧(intrus)」とみなす。罵倒、投石。公民宣誓の政治地理学。

 テルールと聖職者の解体。1792年、立憲議会が拒否僧の追放を布告。九月虐殺。


《第2章》カプララ文書の世界

 ナポレオン、ローマ教皇庁と和解=コンコルダート。拒否僧と立憲派僧との対立の和解。背教者たちの社会史。結婚した聖職者についての社会史的分析。「ちんまんしてごめんなさい」文書。味わい深い。

 

《第3章》文化革命としてのフランス革命

 教会閉鎖=理性の神殿に。イコノクラスム。マスカラード(仮装行列)。聖人像や教皇像を火あぶり。シャリバリ的儀礼を彷彿。革命的地名変更。共和暦の導入失敗。グレゴリオ暦に敗退。

 公民の創出。コンドルセ。ミシェル・ルペチエの「国民学寮」案=キチガイ!。「下放」みたい。

 徳育としての革命祭典 理性の祭典、最高存在の祭典。

 

《第6章》

 建国神話の創生。「単一にして不可分の共和国」、革命百周年=革命期の集合的記憶の定着。バスチーユ襲撃の7月14日をパリ祭の起源に。ラ・マルセイエーズの国歌化。自由・平等に友愛というスローガンを追加。百周年=万国博覧会を頂点に。

共和国の威信をかけた世俗建築(鉄)=エッフェル塔
カトリック的フランス再建の夢(石)=サクレ・クレール寺院

 フェリー法=初等教育「無料・義務・世俗化」。公立小学校での十字架撤去。『プロヴァンス物語--マルセルの夏』=謹厳実直な師範出教師=共和国の新しい司祭。修道士の追放、ブルターニュの叛乱。

 総仕上げとしての1904年、政教分離

「一〇〇年以上にもおよびパンチの報酬の果てに、共和主義者たちはカトリック教会をKOするには至らなかった。つまり三色旗は十字架の社会的政治的影響力を根こそぎにすることには成功しなかったのである。しかし、「ベル・エポック」というラウンドで奪った「公教育におけるライシテ」というダウンは、少なくとも彼らに判定勝ちをもたらした。さしあたりは、この時点で共和派のモラル・ヘゲモニーが確立したのだ。」

 

《終章》「ライシテ」のフランスと文化統合のジレンマ

 革命二〇〇年記念の1989年、イスラム・スカーフ事件

「彼ら(フランスの共和主義者)にしてみれば、先人たちの一世紀以上にわたる苦闘のおかげで、ようやく三色旗のもとに十字架と共存できる社会を実現したとおもえば、今度はクロワッサン(三日月旗)と対決するための十字軍を再組織せなばならぬとは!」

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 かなり長いスパンを取って「ライシテ」をめぐる共和派とカトリックの相克の歴史が描き出されており、読後の満足感は高い。読後の最も率直な印象は、フランスはアメリカと同様に本当に我々人類の「実験国家」なんだなという感を改めて強くした。啓蒙的理性による「永続闘争機械としての共和国」とでも言うべきか。

 郊外研究の重要な問題として、郊外における移民コミュニティについて、ここ数年色々と調べているが、その線から改めてライシテやフランスの郊外(Banlieue)移民について調べているところで、この点も含めた話は、近刊拙著『ショッピングモールの法哲学』の続編として、また別に書こうと思っている。