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磯田光一 『左翼がサヨクになるとき』

 過日、磯田光一の『左翼がサヨクになるとき』(1987)を読了した。文芸評論などを読むのは実に久しぶりのことだが、予想外に面白かった。磯田氏のものは、昔、『殉教の美学』と『永井荷風』を読んだことはあったのだが、この本は存在だけ知っていたものの恥ずかしながら読んでいなかったのだった。 

左翼がサヨクになるとき―ある時代の精神史

左翼がサヨクになるとき―ある時代の精神史

 

  タイトル後段は、我々世代にとっては「青春の作家」である島田雅彦の『優しいサヨクのための嬉遊曲』(1983)を指しているのだが、この中で取り上げられる作家は、先日亡くなった大西巨人の『天路の奈落』から始まり、中野重治・佐多稲子・平野謙、中里恒子・芝木好子、黒井千次、高橋和巳・桐山襲、筒井康隆、立松和平・村上春樹、そして島田と、特に前半は、今となっては実に渋い?ラインナップになっている。

 内容はタイトルの示す通りであって、漢字の「左翼」が高度成長期を経て、いかにして軽いカタカナの「サヨク」へと変質してゆくのかを丹念に描き出したものとなっている。個人的には桐山襲の『パルチザン伝説』を取り上げた前半までを特に興味深く読んだが、現代の大学生がこの本を読んで、どこまで分かるだろうか(楽しめるだろうか)という点については、しばし考えさせられた。「32年テーゼ」とか「六全協」とか言われて「あぁ、アレですね」とかいう学生は居ないし、居てもどうかとは思うのだが・・・。

 実際、著者も「あとがき」で記している通り、「昭和文学史と昭和左翼理論史の基礎知識」を読者があらかじめ持っていることを前提として書かれているものなので、まあ、仕方がないのだが。

 本の内容からは少しく離れてしまうが、最近、文芸誌『群像』の新人評論賞も、とうとう廃止されたらしく、いよいよ(文芸)評論には(特に若い)読者など居ないのだろうと思わされ、こういう読書体験というのも私の世代を最後にして滅びゆくものなのだろうな、とも。

 閑話休題。本書の前半の内容は、実に腑に落ちる話で、中野や最近まで生き延びた大西などに中に体現されていた漢字「左翼」とは、つまるところが「旧体制」下で、儒学や教育勅語を注入されて育ってきた人びとの「道徳性(morality)」の発露であって、それは「ますらをぶり」や鴎外の『礼儀小言』に通じてるものである、と。

 日本思想史の文脈のうえでは、儒学のつくりあげた“型”が崩壊してゆく時代のなかで、儒学の世界像を再建したのが昭和のプロレタリア文学だったのかもしれない。・・・昭和の国家主義が「国家」を「公」の中心に置いたのにくらべて、マルクス主義は国家を否定した、と人はいうかも知れない。しかし現存する国家を否定しようと“あるべき国家”を社会主義というかたちで構想していた以上、それは広義の国家主義と呼んでもいっこうにさしつかえないのである。このときマルクス主義とは、そのまま昭和の新しい「国学」であり、その道徳の質は「礼儀小言」そのものではないか。[同書:p.16] 

 

 ここで私は、戦後文学のはらんでいる最大のパラドックスに直面せざるを得ない。「左翼」的と俗称される戦後派の文学とは、明治憲法と教育勅語の育て上げた世代の硬派な人格が、明治憲法と教育勅語のイデオロギーを果敢に批判した文学だったのではなかろうか。[p.30]

 

 他には、桐山襲を取り上げているところでは、予想通りカール・シュミットが引かれており、長尾龍一先生まで引かれているのには、少しニヤリとした。

 最終章の島田雅彦の章では、冒頭意表を突かれた。アンソロジー『スターリン讃歌』に収録された詩を長々と引用した上で、「私は旧世代の左翼をおとしめるために、こういう作品を引用しているのではない」と磯田は書いているのだが、私はこの下りを読んだ際、笑いすぎて痙攣し、しばらくベッドの上から動けなくなったほどであった。イケズにも程がある・・・。

 この本の中で描き出された「左翼からサヨクへ」という図式は一面において、高度成長という時代の潮流によって強力に駆動されたものだったわけだが、「一億総中流」が、もはや遙か彼方の幻影となり、「格差」云々が日常的に語られるようになった今日、「サヨク」は未だに「サヨク」のままなのか、或いはそうであって良いのか、という点に思いを致し、本を閉じた。毛頭、左翼ではない私にとっては、まったくもっての他人事なのではあるが。

 

追記:とはいうものの、色々考える上では「左翼」の歴史は知って欲しいところで、私がいつも講義で熱心に薦めるのは、以下の書籍(上下巻ともに) 。

フィンランド駅へ―革命の世紀の群像〈上〉

フィンランド駅へ―革命の世紀の群像〈上〉

 

  これは、本当に素晴らしい本であり、書名の意味するところも含めて一読、深い感銘を受けることは間違いないので、ぜひ学生のうちに読んでおいて欲しい一冊。