秋田美人の謎

 過日、所用のため生まれて初めて秋田市を訪れた。これまでも盛岡までは通ったことがあったのだが、そこから左に折れて日本海側に向かい、東京から新幹線で4時間の旅程である。

 市内の新装相成った県立美術館(旧平野政吉美術館が移転)には、藤田嗣治(レオナール・フジタ)の大作「秋田の行事」が展示されており、この点、私としても一度は訪れてみたい街だった。今回は仕事絡みだったのだが、その面でも大きな収穫があった。これについては、別途、公刊物などで。

  この藤田については、一度きちんと書きたいのだが、意外に知られていないこととして、彼の父・嗣章は森鴎外の後に軍医総監になった人であり、また、兄は陸軍の高級軍人で、当時の東京帝国大学法科に国内留学して欧米の軍制研究で博士号を取り、戦後は上智大学で憲法を講じた嗣雄である(帷幄上奏権問題にも関わりがあったような記憶が?)。嗣雄の博論は『欧米の軍制に関する研究』と題して、信山社から出版されている。

 エコール・ド・パリ派の旗手としての華やかなイメージとは裏腹に、フジタは実のところ帝国陸軍と深い繋がりを持った人物なのであった。下記の戦争画の存在は、その辺りの事情を端なくも明らかにしているだろう(「アッツ島玉砕」)。

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 また、陸軍云々とは別に藤田嗣治は、著作権法関連の重要判例とも深い関わりを持っている(藤田嗣治絵画複製事件 S60.10.17 東京高裁 昭和59 (ネ) 2293 著作権 民事訴訟事件)。この件については、実は上記、陸軍云々という件と重要な連関を持っていることを私は数年前に知ったのだが、そのことについては(未だ)書くべきではないと思うので、この話は、ここまでにしておく。

 

 新県立美術館には、上記「秋田の行事」以外にも常設の藤田コレクションが展示されており、「オペラ座の夢」や「眠れる女」、「台所」など、1989年頃に福岡県立美術館で出会って以来、二十数年ぶりに再会する作品もあり、感慨深かった。

 肝心の「秋田の行事」であるが、これは東京駅などに行くと吉永小百合が、その前に佇んでいるポスターで見たことのある人も多いかと思うが、4時間の鉄路を経てでも、是非とも観る価値のあるものである。私は、ただひたすら感じ入って、しばしの間、その前に立ち尽くしたが、贅言は控えよう。百聞は一見に如かず、である。

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 それはさておき標題についてだが、今回の秋田行で、たまたま入手した本に新野直吉著『秋田美人の謎』中公文庫というものがあり、これは実に面白い本だった。 

秋田美人の謎 (中公文庫)

秋田美人の謎 (中公文庫)

 

  今回、「仕事で秋田に行く」と言うと、皆が声を揃えて言うのは「さぞ秋田には美人が多いでしょうねえ」ということだったのだが、このことに関しては、以前からその理由について深甚たる興味を持っていたので、この本は或るホテルの1階に併設された本屋(石川書店)で発見すると同時に迷わず買った。

 帰りの新幹線の中で貪るように読んだのだが、一読(良い意味で?)「奇書」である。表題通り、あらゆる側面から「秋田美人」という定説に関する考証を試みているのだが、その中では、所謂「日本三大不美人産地」についての迷妄?を論じる下りなどもあって大いに裨益した。特に名古屋に関しては、現在、かかる妄説が人口に膾炙しているものの、大正期においては東京花柳界を支えた名古屋出身の美人芸者が多かったため、当時は「名古屋美人」という言葉さえあったという話が紹介されており、目から鱗であった。実際、今夏に名古屋に行った際には(主観的には)名古屋には美人が多いという印象を持ったので、なるほどと思った次第である。

 それはさておき、秋田美人説に関しては、日照量説、渤海との長期的交流によるコーカソイドDNAの混入など、様々な説があるが、本書は、これらを綿々と検証している。断定的な結論はないのではあるが、一読の価値はあるだろう。

 しかし、巻末に収録された「おまけ」的な著者とは別人による「秋田美人」絡みのエッセイには鬼気迫るものがあり、余りの怖さに途中から薄目で読んでしまったり、と「奇書」感も満載の本であった。

 本書は、現在、中公文庫から刊行されているが、あとがきを読むと実は最初の版は、私も随分とお世話になっている白水社から出ており、当時、「秋田美人」についての本の執筆を懇請する白水社編集者に対し、著者は頑として首を縦に振らなかったらしい。しかし、折からの猛吹雪の中、数時間遅れの夜行列車で帰京する編集者に心を動かされ、執筆に踏み切ったとのことである。この編集者氏、今でも白水社に居らっしゃるのだろうか?

 蛇足ではあるが、秋田美人の系譜としては、小野小町、竹久夢二の描くお葉、桜田淳子、藤あや子、加藤夏希、佐々木のぞみん、壇蜜、そして鳥居みゆきなどが挙げられるようである。

 

 そして、最後に、誰しもが最も気になる点であろうが、確かに秋田には美人が多かった(と思う)。

 

 付記:今回、主な用向きのあった秋田大学の裏手にある手形山の平田篤胤の墓所も訪れたのだが、このことについては、また別途、「国学四大人(うし)掃苔記」とでも題して後日、記すこととする。