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TBSラジオ「ゾンビ」番組出演・補遺(2)

ゾンビ

 以下、つづき。

 

3)最近、同僚のから聞いた最も腑に落ちる説明

● 一連のアルバイトによる悪ふざけ騒動。昔からある単なる悪ふざけじゃないかという指摘に首肯する部分もあるが、それにしても悪ふざけを世界中に言いふらす神経は理解できない。世界が見ている/世界に見られるという意識が欠けてるとかいう意見も。

● なんかいろいろと語弊がありそうだが、高校生の煙草は隠れて吸うものでしょ、と思うところがある。いや、①やっちゃいかんことだ、という認識と、③バレてる、という認識の、いずれかあるいはいずれもが欠けてる。

● 彼/彼女らに欠けているのは、ネットには炎上ネタを探して日々見知らぬ他人のつぶやきをパトロールしている人種がいる、ということと。「匿名の悪意」への鈍感さといいますか。たぶん、それまでの環境では悪意は常に特定の「誰か」のものだったと思う。

● つまり、①はあって、②はクラスの誰かがタレこむ、と。多分、その場合そういう「ちくる」輩は、少数かつカースト低いヘタレなのでたいてい非力だと、彼彼女らのルールでは「道義」的にも自分たちが正しいとすら思える。しかしネットの場合はそうはいかない。

● 学校という閉鎖社会内だと、悪事を密告されても「なんかあいつがチクった臭くね?」とかいって、仲間でつるんでボコボコに出来るのだが、更に巨大な匿名の閉鎖社会に包囲されて、ボコボコにされてしまうの図。

●それは、卑怯な、ならず者の群れが、気付けば善良な農民の海に包囲されていた!みたいな風に、見えないことはないわけで。そうした一片の「正義」風味が、相対的DQNの転落祭りの「炎上」を加速するガソリンとなっている。

● これは要するに、ゾンビ映画!

● そうかあ、『桐島、部活やめるってよ』も、そういう文脈で人びとを涙させたのかあ。なんという慧眼。

● 昔の「国体明徴運動」とかも、インテリ・リベサヨDQN(性規範に寛容だったりするし)の炎上祭りだったというコト。

DQNをボコボコにしたところ、DQNから「くそー、お前らコロス!」とか言われても「もう、死んでまーすwwww(草生やしまくり)」みたいな。

● ロメロの Dawn of the Dead の台詞の通り。They're us....(ゾンビ=ネト民の炎上祭り)

● 体育会系DQNが覇権をほしいままにしているアメリカ社会における非リアの夢想。

● 死亡フラグはDQNに立つ、と。

 

3.ゾンビは現在の社会の中でどんなアイコンとなっているのか?

● ホッブズ的な自然状態(state of nature)=「万人の万人に対する闘争」が原イメージ?

● 匿名化された化け物が大量に襲ってくるというイマジネーションは、いつから?

● たぶん、こういう「大量破壊(massive destruction)」的なイメージは、優れてアメリカ的なものかも。

●「日常」の異化?装置(文芸理論で言うとこのシクロフスキーの「異化の理論」)

● 仮面ライダーの怪人とかで、一番怖いっぽいのは人間に近いのだったのと同じ。

●『パトレイバー』とかでアルタ前とか新宿東口の紀伊國屋とか出て来ると「おーっ!」となるのと同じ(日常の異化)。

● アイコンとしての説明になってないか・・・。ただ、これは何のメタファーか、というトコで説明してる。

●『ユリイカ』ゾンビ特集の中に面白いことを書いている人がいる。

● 橋下一径「ミッキーマウスにとっての最大のライバルとは、ミッフィーでもキティでもなく、ゾンビである。」

● 福嶋亮大「西洋のゾンビが人間の終わり(=廃棄物としての生)を指し示すのに対して、東洋の幽霊は逆に人間的欲望を純化するものとして現れる。」

 

4.ゾンビの発祥

OED(オックスフォード英語辞典)によるなら、1819年。

● ヴードゥー教起源のもので、西インド諸島とアメリカ南部諸州から。

● 最初のゾンビ映画。ヴィクター・ハルペリン監督『恐怖城・ホワイトゾンビ』(1932年)封切り。

● 近代的ゾンビの嚆矢は、もちろんジョージ・ロメロの『ゾンビ(Dawn of the Dead)』(1978年)

● たぶん、「人種差別」とかの表象として、息長く愛されて?来たのだと思う。

 

5.ゾンビは社会のどんな部分のメタファーとなってきたか(戦争、消費社会などなど)

 

1)ロメロ以来の伝統

● ロメロも、「オブザデッド」シリーズは、「社会批判」として作ってるとハッキリ言っている。

Night of the Living Dead1968):ベトナム反戦運動や公民権運動の挫折に象徴される60年代カウンターカルチャーの敗北

Dawn of the Dead1978):ショッピングモールに象徴される消費主義(consumerism)への批判

Day of the Dead/邦題『死霊のはらわた』(1985):レーガン政権下における軍事費の増大とホームレスの爆発的増加という社会矛盾

Land of the Dead2005):金持ちだけのgated-communityや格差への批判

Diary of the Dead2007)・・・

Survival of the Dead2009)・・・

● この「死霊の~」というのは大ブームになり、“Orgy of the Dead”は『死霊の盆踊り』というタイトルで公開されてしまった(江戸木さんが宣伝してやつ?)。

● さっきも書いたように「人種差別」とかのメタファーという見方も。

 

2)アメリカ人のゾンビ好き

● アメリカのテレビ電波(緊急放送)ジャック(テレビショッピングでシュール)

● マイアミ・ゾンビ事件(バスソルト)→ 疾病予防管理センター(CDC)が緊急声明

Wall Streetでのゾンビ・ウォーク→ 金融への批判

● 大統領選で共和党のロムニー候補をdisったパロディCM2012年、オバマが再選されたが、この大統領選の最中、映画監督ジョス・ウィードンは、ゾンビを用いたパロディ動画を作製した。ウィードン監督は映画『アベンジャーズ』で有名だが、ホラー映画のカルト的存在である。彼は、先の大統領選でロムニーを“逆推薦”するパロディ映像を作製してYouTubeにアップロードした。その中でロムニーこそが、アメリカをゾンビ・アポカリプスへと向かう軌道へと乗せてくれる候補だと褒め称え、映像の最後にはゾンビ化したロムニーと共に「ゾムニー(Zomney)」という合成写真が登場する。ロムニーの政策により、「ヘルスケア(保健)、教育、社会福祉、リプロダクティブ・ライトなどに関し、国は一気にひと昔前の状態に立ち戻ることができる。そのため貧困、失業、人口過剰、病気の蔓延や暴動に一直線!これらはゾンビが溢れかえる悪夢のように荒廃した社会を作るには、欠かせない重要な要素です」とウィードンはゾンビ・エキスパートとして説明してくれるのだ。ウィードンは、今大統領選の選挙キャンペーン期間、オバマ大統領の熱烈なサポーターとして活動している。如何、そのパロディCM。


Whedon On Romney - YouTube

● 共和党/民主党とゾンビ/ヴァンパイアの相関

● この辺りの話は、谷口功一「フィロソフィア・アポカリプシス--ゾンビ襲来の法哲学」『ユリイカ』ゾンビ特集所収に詳しく書いてある。

ユリイカ 2013年2月号 特集=ゾンビ ブードゥー、ロメロからマンガ、ライトノベルまで

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● ピーター・ロウによるなら、1968年以来、政治とホラー映画の関連性は強くなっている。ニクソン政権(共和党)開始の一ヶ月前に『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』が封切られるが、カーター(民主党)政権の誕生と共にゾンビ映画は凋落する。その後、1980年代のレーガン(共和党)政権期は、ゾンビ映画が最も豊穣となる。クリントン(民主党)が父ブッシュ(共和党)を下した十日後、コッポラの『ドラキュラ』(1992)が封切られた。クリントン期には、『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』や『ブレイド』なども封切られている。ブッシュJr.(共和党)政権になってゾンビは復活する。この時期、『28日後・・・』、『28週後・・・』、リメイク版の『ドーン・オブ・ザ・デッド』や『デイ・オブ・ザ・デッド』、そして『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』などが封切られた。7年間に183作(年平均26作)とゾンビ映画は急増した。オバマ政権(2008~)下においては、ゾンビ映画は7作のみ劇場封切り。ヴァンパイア映画は、2008年だけで18作以上封切られている。

● また、上記とは逆の説明になるのだが、ピーター・ディヴィスは、共和党/民主党とゾンビ/ヴァンパイアとの関係について次のように言っている(上の統計とは逆の相関であることに注意!):共和党はヴァンパイアを怖れる。なぜなら、それは性的逸脱や伝統への叛逆、あるいは外国人(そもそもドラキュラ公はルーマニア人)を想起させるからである。彼らの目には大規模な財政支出を伴う医療保険制度のようなものを実施しようとするオバマ民主党は、自由市場経済に寄生し、資本主義から血を吸い取ろうとするヴァンパイアに映るのである。

● 民主党はゾンビを怖れる。なぜなら、ゾンビは、ひたすら消費のみを行う存在であり(Braaains!)、その究極の目的は全人類を彼らと同じ存在へと「同化(assimilation)」させることだからである―― だからこそゾンビは共食いせず、生き残った人間だけを襲うのだ。リベラルな民主党にとって、ゾンビは因習的な宗教を表象するものでもある(キリストは死から甦った上で、人びとを改宗=同化させた!)一般的に保守は、「安定と伝統」を重視するが、ゾンビ社会は究極のかたちで、それを実現しようとする。なぜなら、ゾンビは社会の変革を目指したりせず、リベラルの目から見れば、順応主義(conformist)的で、自分のアタマで考えようとしないからだ。従って、リベラルにとってのゾンビとは、郊外的(suburban)であり、保守的であり、そして人種差別(racist)的なものの表象なのである。

 

6.時代とともに変わってきたゾンビの特性(今はゾンビが走るのは当たり前)

● 最初に走ったのは、『28日後・・・』かリメイク版の『ドーン・オブ・デ・デッド』だった気がする。

● ゾンビ・マニアでも「走るゾンビはアリか!?」みたいな争いがあるが、個人的にはどっちでも別にイイと思う(面白ければ何でもイイ)。

● 拙訳『ゾンビ襲来』の中では、低速ゾンビと高速ゾンビでゾンビの拡散に違いが出るのか?というのを検討した章があるが、結論はどっちでも同じ(ゾンビのグローバル化)。

ゾンビ襲来: 国際政治理論で、その日に備える

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7.そういった特性の変化はなぜ起きたのか

● なんで走るようになったのか?―――「現代社会における情報の速度が~」とか、取って付けたような説明は色々言えるだろうが、特に深い理由はないと思う。走らせてみたかったという、ただ、それだけのコトか、と。

● これも外在的な理由で、CGの技術的進歩とかによるのでは?

● 今回のブラピのWWZでも、エンドクレジットを観てたら、あんだけゾンビ出ていたのにゾンビ役の人の数は大したことなくて、テクノロジーの勝利!という感じ。

※ 補足:江戸木さんから、バイオハザードとかゲームで走るのが多いから、その影響ではという指摘あり。その通りか、と。あと、映画のスピード感とかを出すためにも必要だったのかもとか。

 

8.ゾンビは今後、どうなっていくのか etc...

● わたしが教えて欲しいくらいである。

● ただまあ、そんな流行るもんじゃないと思うし、ゾンビがメジャーになる社会というのは、ちょっと嫌。

●『あまちゃん』みたいに、みんなが「今日のゾンビ観た?」とか聞いてる社会とかってのは、ちょっとアレ。

● ただ、サブカルチャーとしては、ジャンルとして確立したのでは?これから、その影響を受けて、また色んなクリエイターが出て来るかも。

 

 以上。楽しい一日だった。